周りはニッチな専門店。 創立120年超の電気街に佇む教会とは
どうしよう、聖書が見つからない。日曜の朝、私は自宅で大学時代に買った新約聖書を探していた。見つからない探し物を振り切り、赴いた先は神田キリスト教会。地下鉄末広町駅からほど近い電気街の中に、果たしてその教会はあった。
コンクリート打ちっぱなしの外観に、正三角形のトンガリ屋根。入口には葉牡丹をはじめ、よく手入れされた鉢植えが並んでいる。小ぢんまりとした教会に足を踏み入れると、受付に「ご自由にどうぞ」と書かれた紙の上にコンパクトサイズの新約聖書が平積みされていた。聖書を持たずに礼拝に出るのは失礼ではと心配していたが、杞憂だった。教会は開かれた場所。いつでも誰でも礼拝に参加できるようになっているのだ。
家でモタモタしたせいか、2階の礼拝堂に着くと日曜礼拝がちょうど終了したところだった。「礼拝は終わってしまったけれど、お祈りはできるので入っていらして」と優しいマダムの導きで礼拝堂に入った。オフホワイトの壁と電球色の暖かい光。無宗教の私も何だか赦されている感覚だ。
左右の窓は三角と直線だけでデザインされた、緑を基調としたステンドグラス。天井付近に見えるのは丸いステンドグラスだ。群青色と茜色をベースにしたトルコ風のモザイクから柔らかな光が放たれる。15列に及ぶ長椅子の先には祭壇。中央の十字架を中心に、左右に燭台が3つずつ並ぶ。
せっかくなので一番前の長椅子に座った。大音量に振り返ると、後方の遥か上にパイプオルガンがあった。教会の規模の割に立派なオルガンがあることに驚く。礼拝が終わったからだろう、オルガン奏者が猛練習を始めた。それにしても激しいソナタ形式の曲だ。賛美歌ではなくバロック音楽。J.S.バッハでもなくヘンデルでもない。おそらくバロック後期に活躍したゲオルク・フィリップ・テレマンあたりの曲だろう。
スピード感ある曲ゆえ、弾き手が凄まじい音を立てて譜面をめくる。足鍵盤を忙しなく踏む音も初めて聞いた。15分間、パイプオルガンの音に身を委ねる。脳裏に浮かんだのは普段の急いた自分の姿だった。祈らなくてもいい。ただそこにいればいい。開かれた下町の教会で、コロナ禍でどことなく疲れた私自身をじんわりと感じた。
ライター/横山由希路
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