もはや忍者。目にも留まらぬ動きで客を魅了する おばさま仕切りの老舗喫茶店
阪急神戸三宮駅を背に山手幹線と交差する十字路を左折すると、白壁に深緑の窓が印象的な5階建ての洋風建築が目に入る。ここはにしむら珈琲の中山手本店。戦後間もない1948年にこの地で創業した。 時は朝10時過ぎ。モーニングセットはフルーツとサラダの2つ。私はいちご、メロン、バナナなどが上品に盛られたフルーツセットを頼む。選べるドリンクはよく注文されているミックスジュースにする。実際に飲むと、パインやオレンジがベースの非常にサラサラとした口当たり。そして薄切りのフランスパンに挟んだサンドは……違う、味の詳細を書きたいのではない。にしむら珈琲ではもっと書きたいことがあったのだ! 否定せず、誰も傷つけないツッコミのあの芸人さんに倣って、時を戻す。私がお店に入るや否や、白髪交じりのおばさまが待ち構えていた。彼女は私を1階焙煎室側の二人席に通して、チラっと横目で見る。「観光客だからモーニングじゃない」と判断され、私は普通のメニューを渡される。時間的にまだモーニングはあるはずと思い、「モーニングのメニューありますか?」と尋ねると、「なんや、そっちも見るんかいな」という顔をおばさまにされながら、モーニングのメニューも渡される。そして2つのうちフルーツセットを頼んだ。 このおばさまは1人で1~2階のオペレーションを切り盛りしており、明らかに人の1.8倍は働いている。常連客のお会計を巧みなトークを交えて終え、「またねー!」と言って送り出したかと思うと、2秒後にはそのお客さんのテーブルの片付けをしている。もはや忍者か。5秒ほどで片付け終え、キッチンに戻ると2階の差配をマイクで指示。遠くのお客さんが立ち上がると、おばさまは瞬時にレジに入る。彼女の視界は非常に広角で、外野の守備位置の少しのズレも見逃さない名捕手みたいだ。 正直、味の記憶も店の雰囲気も吹き飛ぶくらい、このおばさまがすごい。人間から無駄な動きを極限まで省くと、彼女のような動きになるのだろう。アスリート以外で動ける人間の最終形態を見た気がする。回転の悪いお店におばさまのクローンがいたら、たちまち問題が解決するのだろうか。お店を出るまでにそんな想像までしてしまった。
ライター/横山由希路
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