時の経過に抗わない。 90年前の建物の様子を今に伝えるプロジェクト
京橋にほど近い東京メトロ銀座一丁目駅。この駅の7番出口を出て、銀座中央通りを挟んで二筋進んだところに、築90年強の古いビルがある。アート好きにはおなじみの奥野ビルだ。1932(昭和7)年に建てられた際の名称は、銀座アパートメント。関東大震災後に竣工したため、地震に強い鉄筋コンクリート造の建物として、当時は大変高級なアパートだったという。
左右を新しいビルに挟まれた奥野ビルの外壁は焦げ茶のタイルで覆われている。そして1階アンティークショップ前は、いつも常緑樹の葉っぱが風でそよそよと揺れている。奥野ビルはもともと6階建てで7階が増築部分。右隣の新しいビルは5階建てなのに、奥野ビルと同じ高さだ。昔の人は身長が低かったせいか、奥野ビルの天井も高さがない。 このビルは現在66の有名ギャラリーやショップ、個人事務所が入居している。歴史ある建物ながら内装は現代風のテナントが多い中、1室だけ90年前の面影を残している部屋がある。それが306号室だ。 306号室はもともと「スダ美容室」という洒落たサロンだった。竣工後まもなく須田芳子さんが入居して、美容院を開業。開戦、終戦、戦後の復興を経験し、昭和60年に美容室を廃業した。彼女はそのまま306号室に住み続け、2008年冬、100歳で逝去した。 須田さんの遺品整理後、修繕の手が加えられる前にこの部屋を借り受け、有志の会員たちで維持しているのが「銀座奥野ビル306号室プロジェクト」だ。ここでは企画展示が多く行われ、私が伺ったときは3ヵ月に一度、数日開かれる「実験展」だった。漫画家の根本敬ら4名が未完成の作品などを展示していた。 壁備え付けのサロンのテーブルと窓枠は木製のエメラルドグリーン、橙色の床は温かみがあってモダンだ。ペンキや壁紙は朽ちて剥落している。時間の経過に抗わないのは、今はこの部屋だけだ。 306号室は開室日が決まっているため、興味を持った人は「銀座奥野ビル306号室プロジェクト」のサイトで調べてほしい。木造りの手すりを触りながら階段をのぼって、帰りは手動開閉式のエレベーターに乗るのもいい。スクラップ&ビルドの激しい銀座で、きっと昭和初期のダイナミズムが感じられるはずだ。
ライター/横山由希路
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