生きているかのようなあんこの粒立ち感。 戦前から続く神田須田町の老舗甘味処
以前、2年間だけ漫画の編集者をしていたことがある。先生のお宅でお願いごとをする際、いつも神楽坂にあった甘味処・紀の善のあんみつを持って伺っていた。しかし2022年9月、紀の善は惜しまれつつ閉店した。 以来、紀の善に代わる「私の甘味処」探しが続いている。ここだと思った店の前を2023年に2回訪ねた。いずれも入口に「満席です」の札。妙に期待を持たせないところも清々しい。 秋葉原にほど近い神田須田町にある竹むらは、1930(昭和5)年創業の甘味処の老舗だ。しるこ屋らしいしるこ屋を目指して開業した竹むらは、食通の池波正太郎も通ったほど。入母屋造りの建物は東京都選定歴史的建造物に指定されており、近所のあんこう料理のいせ源、蕎麦のまつやなどとともに、東京大空襲から奇跡的に焼け残った。 5畳の座敷に上がると、塩漬けの桜が湯呑みの中でひらひら舞う桜茶が出てくる。この日は、秋冬の名物・揚げまんじゅうと田舎しるこをいただいた。直径5センチの揚げまんじゅうは、衣が信じられないほどの軽さ。香ばしく、サックサク。しかもこしあんが甘さ控えめで、あんこも衣もどちらも主張しない奥ゆかしさ。塩気のある桜茶も相まって、困った、何個でも食べられてしまう。 田舎しるこは、つぶあんの粒立ちがすごい。炊きたてのご飯や新鮮な魚卵でも見ているかのようで、こんなにイキイキとしたあずきを初めて見た。そして、しっかりと焼いた一口大のお餅の香ばしいこと。そこに濃厚なのにしつこくないおしるこがじゅっと染みていく。さらにびっくりしたのは付け合わせ。しその実がまた絶品なのだ。 こんな感想はおかしいのかもしれない。竹むらのおしるこを食べたら、私の何かが整ったのだ。派手さはないけれど、ものすごく手の込んだ食べ物を口にして、普段雑然とした生活を送る自分の至らない部分が少し癒やされたとでも言うのだろうか。老舗の厳しさと優しさに触れて、きちんと生きなきゃと思わされる。 2017年1月から始まったこのメルマガコラムも今回が最終回。春が来たら、次は必ず竹むらであんみつを食べよう。そしてホテルレムに泊まったら、アーモンドの香りのシャワージェルと極上はちみつ紅茶を買って帰ろう。
ライター/横山由希路
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